40年の歩み1988年

40周年

40年の歩み1988年、海外と姫路市立美術館の関係を深めた年であったようです。
同時に兵庫の原産とされる杉原紙の講座も行われました。

講座
夏季美術講座
海外との交流・いまむかし
 ・西洋ルネッサンスとの出会い
  亀田正司(学芸員)
 ・外国人の見たjapan
  吉中充代(学芸員) 
 ・昭和多国籍化の時代
  速水 豊(学芸員)
春季美術講座
和紙のはなし
 ・和紙あれこれその特質
 坂本直昭(紙研究家) 
 ・兵庫の紙・杉原紙
 井上正康(加美町立杉原紙研究所長) 
 ・和紙の歴史
 柳橋 真(文化庁伝統文化課主任文化財調査官)
洋画教室(10回シリーズ)
 井上仁(行動美術協会会員) 
版画実技講習会
 川西祐三郎(日本版画協会会員) 
講演
・昭和の洋画・萌芽・沈黙・そして出発
 陰里鐡郎 (三重県立美術館館長・美術評論家)
・姫路市立美術館の新しい出発
 副館長(伊藤 誠)
・「水辺の思い出」
  瀬戸内の島々とベルギー街
  尾田 龍(洋画家) 
・カメ博士水辺をみる
 内田 至(水族館長・農学博士) 
・父・浜田 観を語る
 浜田昇児(日本画家) 
・姉妹都市の美術Ⅰ
 フェニックスとクリチーバ
・姉妹都市の美術Ⅱ
 南オーストラリア・アデレート
 岸野裕人(学芸員)
・姉妹都市の美術Ⅲ
 シャルルロアとリエージュ
 伊藤 誠(副館長) 
・姉妹都市の美術Ⅳ(太原)
 速水 豊(学芸員)
・私のグラフィックデザイン思考
 永井一正(グラフィック・デザイナー) 
・西欧の心をたずねて
 伊藤 誠(副館長)
・現代日本のポスター
  (戦後の流れを探る)
 片岸昭二(富山県立近代美術館学芸員) 
・印象派から現代へ
  リエージュ美術館館蔵品をみる
 村田慶之輔(国立国際美術館学芸課長) 
・船越保武その人と芸術
  三木多門(国立国際美術館長) 
・小磯良平画伯の思い出
 伊藤 誠(副館長) 
鑑賞会・旅行など
8/27~28
美術館と名勝の旅
足立美術館
文化映画・ビデオ上映
・映像の中の昭和へpart3
    「生きている画像」
・ビデオ上映+α
    「姫路城・大阪城」
・館蔵品展水辺を描くにちなんで
  姫路のひろばより
 「歴史紀行 室津道を行く」
 「飾磨津歴史めぐり」
・特集ひめじっ子の夏
  姫路のひろばより
ちびっこ市議会2001年の姫路を考える
 「親子で学ぶ45万人の施設」
 「夏は体験だ!動物園・水族館
 のサマースクール」
・「永井一正のポスターデザイン」
 「第一回世界ポスタートリエンテナーレトヤマ1985」
 「ポスターのできるまで」
・船越康武展にちなんで
 心の時代・宗教・人生・わが心の聖女像
9/15
野外演奏会 姫路吹奏楽団
11/19
ミュージアム・コンサート
 西欧の心をたずねて ~宗教合唱曲の夕べ
        セレスチナ合唱団
12/4
神戸市博物館・西宮美術館
伊丹市立美術館
懇談会・その他
ミュージアム・トーク
・朝顔を育ててみて
 家永善文(姫路市立科学館長)
 姫路市立大津小学校理科観察班
・昭和前期洋画の歩み展をみる
 岸野裕人(学芸員)
・館蔵品を語る(日本画から)
 吉中充代(学芸員)
・館蔵品を語る(洋画から)
 岸野裕人(学芸員)
・館蔵品を語る(海外の作品から)
 速水 豊(学芸員) 
・浜田観展をみる
 速水 豊(学芸員)
・永井一正の世界展をみる
 亀田正司(学芸員)
・ベルギー王国リエージュ美術館
 名画展をみる 吉中充代(学芸員)
・シャンテイイ城の美術とパリの服
 装美術館  吉中充代(学芸員) 
・船越保武展をみる
 亀田正司(学芸員)
・シロトピア美術館
 100周年記念行事事務局
 上山豊喜(総事務局長)
・kenzou展をみるために
 吉中充代(学芸員)
・館蔵品展
 海外の作家たちをみるために
 速水 豊(学芸員)
・世界の美術凧展をみる
 岸野裕人(学芸員)
・世界の美術凧展解説会
  dr.P.オイベル (大阪ドイツ文化センター館長)
・賛助会員懇談会
その他・事業
・美術館だよりの発行
 18~21号各2000部
・「朝顔展」
7/30~31 7:00から1288鉢出品
・懸崖設置(菊)正面玄関
・茶席の開設

杉原紙-https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%8E%9F%E7%B4%99

杉原紙(すぎはらがみ、すいばらがみ、椙原紙)は、和紙の一種である。

杉原紙はかつて「天下の名紙」と称されたが、大正期に生産者がいなくなると由緒も製法もわからなくなって、「幻の紙」と言われるようになった。

言語学者の新村出と英文学者で和紙研究家の寿岳文章は、失われた杉原紙のルーツを研究し、1940年(昭和15年)に兵庫県多可郡杉原谷村(合併により、加美町を経て2005年以降は多可町の一部)が発祥の地であることを突き止めた。

1972年(昭和47年)に当時の加美町が出資し、町立杉原紙研究所を設立し、紙の生産を再興した。一度絶えた杉原紙を復活させた職人は、黒谷和紙の技術を学び、その技法で杉原紙を再興したことから、伝統は継承されていないが、この土地の環境が生み出す杉原紙の特徴である「上品な白さ」は再現されたという。

加美町ではほぼ全戸にあたる1900戸の住人がコウゾを栽培し(一戸一株運動)、杉原紙研究所に納めて紙漉きを行った。再興された杉原紙は「糊入り」や「紗漉き」を行っていないため、中近世の「杉原紙」とは質に違いがある。現在の杉原紙はコウゾだけを原料とすることで強靭さや独特の手触りが特徴である。

再興後の杉原紙は、1983年(昭和58年)に兵庫県の無形文化財に指定され、1993年(平成5年)には兵庫県によって伝統的工芸品とされた。

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